父親がギャンブルで作った借金を返すために消費者金融へ通う日々

借金体験談

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私は現在46歳男性で結婚しており、子供が4人います。学校を卒業してからずっとサラリーマン生活をしており、中国地方の田舎に暮らしています。

私が中学生の頃に両親が離婚をして父親だけになり、その後は男手一つで育てられてきました。
それまでは父親の個人事業も順調だったのですが、私が就職する頃になると事業が悪化してみるみる仕事が減ってきて、月の半分も仕事があるかどうかの状態になりました。特に建築業の下請けだったため、時代の波に流されてしまったのかもしれません。

泣きそうになりながら消費者金融のドアをくぐった

こうなってくると当然毎月の生活は苦しくなり、私の給料もまだ初任給数万円レベルで生活費の足しにはほとんどならない状況で、父親は状況を打破する気持ちもあったのかギャンブルに手を出すようになりました。ギャンブルに手を出してしまうともう悪循環で、お金は出ていく一方で、ついには消費者金融へ行く羽目になりました。

消費者金融に行くのはなぜか私の役目で、社会に出たばかりでまだ右も左もわからないひよっこが泣きそうになりながら消費者金融のドアをくぐったのは、いま思い出しても涙が出そうになります。

消費者金融の手続きは、まず申込書類を書いてそのあと私の勤務する会社に電話をかけて私の存在を確認するというもので、会社に対して罪悪感を感じました。

脅しに怯える日々が続き精神疾患に

その借りてきたお金を父親に渡すと、またそれを元手にギャンブルに明け暮れて次の消費者金融に行くことをせがんできました。私もその頃は、いつか父親がなんとかしてくれるだろう、という漠然とした期待を持っていたので2件目、3件目と借金を重ねていくことになりました。

借金を重ねるということは返済できていないからそうなるわけで、金利が増えるばかりで返済の目途など立つはずもなく、毎日のように督促の電話が会社にかかってくるようになります。

電話口ではいまにも殺されそうな暴言を耳にして、そのあと平静を装った顔をして仕事に戻ることになりますので、こんな生活を続けているうちに精神的に参ってしまい、病院では精神疾患の診断を下されるようになりました。

父親から学んだ生き方

私の青春時代の20歳から25歳はこのような日々が続き、とても友達と遊んで笑ってなどという一般的な人生を送ることは出来ませんでした。いま考えてみても、あの頃の父親が取った行動は許すことが出来ません。

その後、私は結婚して嫁と一緒にその借金を全て返済し、子供も授かることができ、今では怖くて手を出そうとも思わない借金が一切ない幸せな家庭を築くことが出来ています。

バカな考え方ですが、もしかしたら父親は生き方を教えてくれたのかもしれません。

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